嘘、いまいましい嘘、誤報・偽情報: 2024年、報道機関はいかにして誤報に対抗するか?

今思うと少しナイーブな時期だったのかとも思うが、当時11歳だった私は、1988年のブラジルの新聞広告で文脈の重要性を学んだ。 不吉な声でナレーションされたその広告は、ヒトラーの戦前の経済記録を列挙し、こう締めくくった: 「真実だけを語ることで、多くの嘘をつくことができる。」

この広告はカンヌ国際映画祭で金獅子賞を受賞した。 この広告が評価されたことは、当時が、報道機関への風当りがそれほど強くなかった時代かつ報道のあり方が卑下されるようになる以前であり、メディアは信頼性の拠り所、文脈の清き提供者というイメージが浸透していたことを物語る。

報道機関へのポジティブなイメージは廃れつつある

誤報や偽情報という話題になると、ニュース業界の会話に暗雲が立ち込める。 ため息をついたり、首をかしげたりする人が多い。 様々な調査で、インフルエンサーからニュースを入手する層は増加し、リーチが難しい「ニュース回避者」の存在感が増していることが明らかになっている。

質の高いコンテンツの価値が失われたという感覚が蔓延している原因は、SNS、ディープフェイク、国家が運営するトロールファーム(偽情報などのオンラインで拡散させるための拠点)の台頭など、さまざまだ。 現在のニュース業界では、素早く、短く、あらゆる形で最新のできごとにアクセスできることが求められるが、情報の真偽はどうだろうか。 調査によって推定はさまざまだが、多くの人が、嘘だと認識した後でも偽情報の投稿を拡散するとされている。 イタリアの格言にあるように、そういった記事は「真実ではないかもしれないが、上手くストーリーを語っている」のだ。

これは社会的な問題であることに違いないが、誤報・偽情報はニュース業界に対する信頼を直接的に損なうものだ。 ニュース事業者は、「メインストリーム・メディアでは見られない」投稿の拡散のほか、特定のグループなどに関する誤った理解、「両者の意見を聞く」1というジャーナリズムの義務の乱用、文脈を無視した過去記事・コンテンツ利用などと戦わなければならない。 一方、ニュースのサイクルがますます速くなることで、画像検証や事実確認に更に負担がかかる。こうした検証確認のプロセスは、ディープフェイクやAIが作成したコンテンツの脅威にさらされる環境において特に重要である。

SNSプラットフォームは今以上に対応できることがあるはずだ。 特に、Metaのニュースからの撤退とTwitter(現在はX)のモデレーション基準の廃止は大きな懸念である。 しかし、報道機関も十分な対応はできていない。一つの誤りであっても、見出しの通知が瞬時にターゲット読者に届けば、信頼に傷がつき、意図しないミスが悪用される可能性がある。透明性の欠如は、陰謀論やメディア音痴の傾向を助長する。

実績ある報道機関の価値が向上

質の高いコンテンツがこれほど貴重になったことはない。 クリスティアーノ・ロナウドの偽死に関して、それなりに見栄えのする投稿で手っ取り早く稼ぐことは誰にでもできるが、このような情報の拡散の場となっているプラットフォームに異議を唱えるまでに、利用者は何度、騙される必要があるのだろうか?

誤報にあふれる海で、読者はやがて信頼性という島を見つけ、価値を見出すようになるだろう。これが報道機関をはじめとするニュース事業者のビジネス機会となる。それまでに存続し続けていれば、の話となるが。

信頼を維持するには

SNSプラットフォームと良好な関係を維持することは不可欠だが、それだけでは十分ではない。 報道機関は、誤った情報が蔓延する可能性の芽を摘むために、更なる取り組みが必要である。 業界で言われるように、「自分より上手に書く者より速く書き、自分より速く書く者より上手く書く」というのは取り組みの一つであり、24時間365日ニュースと通知の届くこの時代には、特に有効なアドバイスである。 取り組みの実例としては、以下のようなものがある:

  • 透明性の向上2ある記事がニュースに至るまでの過程や、どのように前提が踏まえられているかを読者が理解すればするほど、報道に対する信頼は高まる。 インプレスのニュース・リテラシー・レポートによると、ニュース作成のプロセスについて十分に知っていると答えた回答者は、最も教育レベルの高い回答者のわずか51%にすぎず、英国の全国紙が公正な報道をしていると信頼している人は57%にすぎない。 インターネットは、各記事に対してより詳細な説明や背景情報を提供する可能性をもたらすが、その可能性を利用する報道機関はほとんどなく、記事は表面的な意見や、誤解を招くデータに基づいているという認識が残っている。
  • 連携を図る:報道機関は互いに連携することで、選挙までの間にファクトチェック団体を結成し(Comprovaプロジェクト 3など)、画像のメタデータや出所情報のフォーマットの標準化を推進することができる。
  • ワークフローに画像検証のステップを組み込む: ニュース作成のサイクルが極めて速いと、AIが作成した画像や脈絡のない画像を記事に組み込んでストーリーを語ろうという誘惑にかられうる。これが発覚すると、自社の評判へのダメージの修復は極めて難しくなる恐れがある。 2024年初め、FTはAIによって生成された写実的な画像を掲載しないことを決定した。 TinEye、Google Lens、AI or NotHive ModeratorIntel's Fake Catcherなど、AIが作成した画像の逆探索や検出、編集に使えるツールは数多くある。
  • 編集基準を見直す: 事業者によっては編集基準を、読者が記事をより注意深く読んでいた時代に合わせて作った基準のままにしていることがある。オンラインの記事・コンテンツは紙面などより簡単に修正できる一方で、流し読みが多い今日では、より明確な注意書きが必要となる。記事見出しの通知を受け取った読者は瞬時に、そのトピックに対して何らかの意見を持ちはじめることにも留意が必要である。 さらに、偽情報の発信者は、ジャーナリストが「両方の意見を聞こう」とするのを利用して、世論の論調を拡大解釈し、誤った考えを広める。 「トゥルース・サンドイッチ」4を使い、(たとえそれが権威ある人物のものであっても)検証されていない引用を見出しに使わないといった取り組みを行うことで、ニュース事業者は誤報と一定の距離を置けるようになり、誤ったトーンのニュースの流布を避けるのに役立つ。
  • 過去の画像や記事には、特にペイウォールのない記事の場合は、日付と出所を目立つように表示する。 多くの誤報は、文脈から取り出され、誤って共有された、元は偽りのない記事・コンテンツである。 『ガーディアン』紙の出典と日付表示は良い取り組み事例だ。
  • ITシステムの保護: ここ数年、多くの報道機関がサイバー攻撃の標的になってる。こうした攻撃は、新しい記事・コンテンツを作成する環境や、過去の記事・コンテンツにも損害を与え得る。ニュース事業者は、ワークフロー全体をしっかりと保護しつつ、経営トップ以下がサイバー攻撃に注意する必要がある。
  • メディア・リテラシーへの投資:誤報対策は、継続性あるいは効果的な「市場介入」戦略の欠如により、効果を発揮しないことが多々ある。 最も効果的な介入策としては、誤報を見分けられるよう、ニュース消費者に「気づきのためのトレーニング」 を行うといった取り組みがある。 ゲームやトレーニングは長期的に効果があり、個人が誤った情報を広める可能性を減らすことがわかっている。

FTストラテジーズは、メディア・エコシステムにおける誤報・偽情報の取り組みのサポートに取り組んでいる:

  • 報道機関に対しては、デジタルファーストのワークフローへの適応、誤報・偽情報がもたらす脅威への適応性を確認するために、事業運営の見直しをサポート
  • 非営利団体に対しては、メディア・リテラシー・プログラムの開発支援やメディア介入の各選択肢の有効性の分析のほか、プログラムの普及戦略、パートナーシップのためのガイドライン、テクノロジー戦略についてのサポートをとおし、誤報・偽情報対策の取り組みがより持続可能なものになるよう支援

誤報と戦い、読者の信頼を維持するためのサポートの詳細については、ぜひFTストラテジーズまでご連絡いただきたい。

1「Bothsideism(=直訳は両側主義。むやみに異なる立場の意見を取り入れようとすること)」が誤ったバランス感覚をもたらしかねないことについて、近年批判が浴びせられている。

2 オバマ政権下で米国の偽情報対策を指揮したリチャード・ステンゲル元国務次官は、著書『情報戦争』の中でさらに踏み込み、「透明性確保のための編集者」の創設を提案している。

3 Comprovaプロジェクトとは、2018年ブラジルでの選挙に際し、24のメディアが協力してファクトチェックを行ったプロジェクトを指す。

4 トゥルース・サンドイッチとは、言語学者ジョージ・レイコフが2018年12月1日の投稿で提唱したもので、1.真実から始める:最初のフレームが有利になる、 2. 嘘を示す:可能であれば、表現をかさまししない、 3. 真実に立ち戻る: 常に嘘よりも真実を繰り返す、というテクニック。

著者について

コンサルティング・ディレクター アドリアナ・ホワイトリー
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アドリアナはFTストラテジーズのディレクター。 メディアと電気通信のコンサルティング、特にM&A、ビジネス機会評価、製品戦略の分野で25年以上の経験を持つ。

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