なぜ編集局におけるDXが電子版拡大のカギを握るのか

先日、顧客・読者維持の戦略について他業界の専門家と話し合う座談会に出席するという貴重な機会をいただいた。とある業界の専門家にFTストラテジーズについて話す中で、クライアントである報道機関とともに注力している主要な柱のひとつが、印刷物からデジタルへの移行であることを説明した。その専門家は「まだその段階なのですか」と、信じられないといったように尋ねた。

「ええ、驚くでしょう?」

メディア業界の最重要課題としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)が挙がったのは、すでに20年近くも前のことである。

しかし、私自身の経験ならびに長年にわたって世界中の編集部門をサポートした経験からすると、困難を乗り越えて編集部門のDXを成し遂げているメディア企業は存在する一方で、数の面ではその実現に至っていない企業の方が多い。貴社はどちらに当てはまるだろうか。

以下のうち、思い当たる項目はあるだろうか。

  • 従来型の編集体制:労力の大部分は紙面の編集に関する業務に割かれ、(多くの場合、別部門として扱われる)非常に小規模なチームが電子版に従事している
  • 締め切りは紙面に合わせて設定:原稿は夜遅くに入稿され、電子版はその後、時には翌日以降に入稿される
  • 「電子版は紙面とカニバる」という懸念が蔓延しており、速報などの作成は独立したデジタル専属チームが担当しない限り、頻繁に行われない
  • 経営幹部は「デジタル化の促進」を口にするものの、実際の関心、投資、コミットメント度合いは極めて低く、人材採用においても、従来と同じ採用基準を適用している
  • ペイウォールを導入している、あるいは計画中ではあるが、有料会員の獲得・つなぎとめといった施策は営業またはマーケティング部門の担当領域となっている
  • 営業・マーケティング部門は、できる限り編集部門との交渉を避けようとするため、読者に届く頃には古くなり、価値が低くなる記事・コンテンツを基に、電子版ビジネスを構築しようとしている

最後の点が最も興味深い。ジャーナリズムに対価を支払うことは新しい概念ではないという考えにメディア業界が(ようやく)目覚めるにつれ、デジタル広告にはない安定性をもたらす読者収益モデルの確立が急がれている。

デジタルにおける記事・コンテンツをとおした収益事業は、コンセプトとしては理解しやすいものの、その実行ははるかに難しい。その理由のひとつは、オンライン記事・コンテンツに支払い意欲のある読者への提供のため、従来の編集の流れや慣行を変えようとすることへの恐れである。

世界の報道機関の普遍的な真理は、「政教分離」である。編集の独立性はどんな犠牲を払っても守られるべきであることは間違いない。しかし現代社会において、編集部門が有料会員獲得などの経営・ビジネス努力に関与すべきではないという考え方は、持続可能性のあるビジネス成長という観点からみると、完全に逆効果とまではいかないまでも、ますます時代遅れになりつつある。

編集部門内部の多様性が向上し、よりダイナミックになり、読者層の多様化により注力するにつれ、これまでの固定概念は通用しなくなってきている。

FTの読者収益事業のカギ

フィナンシャル・タイムズ(FT)は直近20年に、それ以前の125年間と比較すると極めて大きな変化を経験してきた。インターネット、iPhone、高速ネット回線は、記事の配信や読者体験、そして新聞社の従来のビジネスモデルまでをも完全に破壊した。

業界全体を見渡すと、紙面は20年以上前から長期的に衰退し、広告の成長も同様に伸び悩んでいる。

FTでは、先を見据えた経営幹部の(ある種)賭けが功を奏し、読者収益と広告戦略の両面でデジタルビジネスにおける成功に向け、様々な戦略を履行してきた。

その間のFTのイノベーションの中には、FT Edit(FTが2023年にローンチしたアプリプロダクト)のほか、「Draw your Own Chart(読者が自分でグラフを描きながら読み進める記事)」に代表されるビジュアル・ストーリーチームのコンテンツ、AIに関するビジュアル説明コンテンツなど、編集との連携あるいは編集部門が主導した事業が挙げられる。

この新しい時代にメディア企業はこれまでと大きく異なる環境に置かれており、自社のエンジンである編集部門を企業運営の現実から完全に隔離しておくことは、ビジネスにとって良いことではない。

紙面や広告の衰退を嘆く中で、SNSやニュースアグリゲーターの台頭に加え、多くのメディア企業が以下のような内面的な課題を抱えている。

  • メディア企業や業界全体における、編集部門とその他の部門の間における伝統的な隔たりに起因する亀裂
  • 部署間の分断に加え、効果的な部門横断連携のスキルならびに既成概念にとらわれない発想の欠如
  • 新しいことに挑戦したり、実験したりすることへの意欲の欠如と懸念
  • 社内のビジネス部門に対する疑念と、「自分たちとあっちの部署」という意識
  • プロダクトやエンジニア、テクノロジー部門がビジネスサイドに留まることで生まれるプロダクト部門と編集部門の緊張関係

FTでは、ビジネス部門、編集部門、テクノロジー部門の間の密な関係が、長期的な収益拡大につながることを学んだ。

また、部門間の密な関係構築ならびに連携を実現できる人材、つまり組織のまとめ・橋渡し役を注意深く選ぶことも重要だ。

先日ロンドンで開催されたThe Audiencersのイベントで、編集部門における橋渡し役とその重要性に関するセッションがあった。パネル参加者でコンサルタントのドミトリー・シシュキンは、プロダクト開発とコンテンツ作成の連携が実現したとき、いかに素晴らしい結果が起こるかについて話をしていた。

読者収益モデルが編集局のDXを支援

多くの報道機関において読者収益モデル(サブスクリプション型またはメンバーシップ型)が導入されつつある現状は、収益創出という側面だけでなく、組織や文化の変革という最も大きな課題にとってもプラスである。

ペイウォールの導入は、ウェブサイトで記事を無料開放することを良しとしない記者にとってはモチベーションとなり、編集部門のトップとしては、読者のために提供する価値を明確にしつつ、価値あるジャーナリズムを提供するために、ワークフローをより良い形に改善する理由となりうる。

読者収益戦略は、質の高いジャーナリズムの提供と親和性があり、トラフィック獲得と大量離脱という量的なゲームとは異なる。さらに重要な点は、読者収益モデルの成功のためには、編集を含む社内のすべての部門のインプットとコミットメントが不可欠であるということだ。

編集部門が、オンラインでの記事・コンテンツ配信を拒否したり、デジタル研修に参加しなかったり、デジタルに秀でる社員をそんざいに扱ったり、デジタルに関する業務への連携を拒んだりなどすると、組織は非常に厳しい状況に追い込まれる。

この課題に対する解は非常にシンプルだ。必要なのは強力なリーダーシップである。FTストラテジーズがGoogle News Initiativeと共同で行った調査によると、ビジネスの持続可能性と報道機関の成長ならびに成功のためには、リーダーシップが極めて重要な要素であることがわかった。

最終的に報道機関の長期的な運命を左右するのは、編集部門からの信頼とリーダーシップである。紙面は、市場の一定のニーズに対するプレミアム商品であり、今後もそうあり続けるだろう。しかし、メディア業界のビジネスの現実やデジタルがもたらすビジネス機会から目を背けるのは、大きな過ちである。

成功のカギは共通の目標と目的を掲げることにあり、社内全体が同じ船に乗り、同じ方向に向かって進むことが、成長を加速させ、持続可能なビジネスへと企業を導く。

本記事を皮切りに、編集部門のDXに関するこれまでのFTストラテジーズの経験と学びを皆さんにお伝えできればと考えている。

著者紹介

ディレクター リサ・マックリード
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リサ・マックリード
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リサ・マックリード

FTストラテジーズ、ディレクター。 紙媒体からデジタル媒体への変革において25年以上の経験を有し、特にフィナンシャル・タイムズではアシスタント・エディター、マネージング・エディター、アソシエイト・エディター、FT.comの運営責任者を歴任し、編集部門のオペレーションを指揮してきた。 南アフリカ最大の出版社であるティソ・ブラックスター(現アリーナ・ホールディングス)とナスパースの24.comでは、グループ全体のデジタル・トランスフォーメーションのプロジェクトを指揮。 世界ニュース出版社協会(World Association of News Publishers)の元副会長、Women in Newsのアドバイザー兼コーチ、世界編集者フォーラム(World Editors Forum)の理事、ランカシャー大学(University of Lancashire)のリーダー・イン・レジデンス、ジャーナリズム・イノベーション・リーダーズ・ファカルティ(Journalism Innovation Leaders faculty)のメンターを務める。

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